白樺湖 - 白樺湖観光案内

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白樺湖について
白樺湖の由来などのお話です。

白樺湖について
白樺湖の春から夏にかけては、花が一面に咲きそして、冬はウインタースポーツのメッカ。
真っ青の澄んだ空、ますますおいしい空気が旅する者をとりこにします。
団体旅行で、ご家族で信州の爽やかな高原、蓼科高原白樺湖を訪れてみませんか。
白樺湖は周囲約4km、標高約1500mに位置し夏は涼しく、冬は白銀の世界となり湖を囲んだリゾート地です。
白樺湖では美術館、遊園地、遊歩道、湖上でのボート、乗馬など各種お楽しみ頂けます。
周辺には北八ヶ岳のロープウェイ、車山高原・霧ヶ峰高原、女神湖、蓼科温泉(蓼科高原)が散在しております。
また信州観光の拠点として、ご利用してみてはいかがでしょうか?
白樺湖の歴史

白樺湖は国定公園八ヶ岳(北八ヶ岳蓼科山)山麓に位置し、
昭和10年代中頃から工事をはじまり、昭和20年後に完成した標高約1500mの人工湖です。
当初この下の地域(茅野市の柏原、湯川区地域など)の水田に流れ込む水は大変冷たく、そのため稲の生育が悪くその地方の農家の悩みの種でした。
そこで、この蓼科山と車山の間に堤防を作り、水を貯め、水温を温め、下流に流しお米の収穫を増やそうと計画され実行されました。
当時は太平洋戦争の時代もあり、多くの女性もこの重労働に参加し、また今の時代の様に重機がありませんのですべて手作業で大変だったそうです。
長い年月(多分10年くらい)をかけ、完成し、そのできた湖の名前は「蓼科大池」と名付けれ、稲作の水源として大変重宝に利用されたそうです。
その蓼科大池の中には白樺の潅木が散在し、風景は大変良かったそうで多くに人に親しまれ、いつしか「白樺湖」と呼ばれるようになり、それが現在の白樺湖と言う名称の由来だそうです。
その後、そこに家畜を飼育する施設などができたそうですが、だんだんと綺麗な景色なので、観光客が訪れる様になり、旅館ができたりし、今の観光地の白樺湖になったようです。
昭和30年頃には木造建築の旅館とバンガローが建ち、また日本も経済発展して多くの若い方を中心とする方が訪れました。
そして昭和40年から50年にかけ、近代的なホテル形式の建物が建設され、新しい白樺湖として繁盛してきました。
当時高速道路は今の様に、諏訪地方まで伸びておりませんでしたので、東京、名古屋の地域からは一泊の観光地であったため、大変多くの観光客が訪れ白樺湖に宿泊しました。
また回りにはスキー場が点在するため、冬には多くのスキーヤー、また春から夏には、レンゲツツジ、ニッコウキスゲ、他いろいろな高山植物の花などが咲き、秋には色鮮やかな紅葉風景と大変綺麗な高原ですので多くの観光客が訪れました。
しかし、その後昭和50年代には高速道路が諏訪地方を通過したため、この白樺湖は東京、名古屋からは日帰りコースとなってしまい、宿泊での観光客が減ってしまいました。
この白樺湖に宿泊し、すばらしい白樺湖の景色を堪能できず、表の景色のみ見て通過していく様子が大変残念に思います。
白樺湖の周囲約4km、お泊り頂いた方の中には朝のジョッキングなど一周されてくる方もおります。
湖畔の施設にはレンタルサイクルもありますので、お気軽に白樺湖を一周するこも楽しみの一つとなっております。
天然温泉すずらんの湯もございますので、白樺湖の湖を見ながらのんびりと湯に浸かるのも、白樺湖の風情を楽しむひとつです。
最近では不景気のため、観光客も減っており、大変残念に思いますが、北八ヶ岳の蓼科山の麓の白樺湖で、ぜひ、きれいな景色と、おいしい空気、などなど、大自然と、優雅な景色を味わえる場所です。白樺湖の由来を想い、過去に地元の方が大変苦労してできた蓼科大池を忍び、のんびりと過ごす白樺湖で休日は最高だと思いますので、ぜひ皆様の旅の一ページに加えてはいかがしょうか?
最後までお読み頂きありがとうございました。
白樺湖の由来につきましては、かって聞いたことを書き記しましたので、おおまかには合っていると思いますが、間違っているところがあるかも知れません。
白樺湖の過去の様子を良く知る方でこの内容の間違いにい気が付きましたら、ぜひ正しい内容をご教えて下さいますようお願い致します。
追記 2017-10-01 (平成29年)
先日茅野市に在住する戦前生まれのおじいさんから耳よりの話を聞く事ができました。
それは蓼科大池(白樺湖)を作っている時は第二次世界大戦中でしたので、学徒動員としてこの仕事に子供達も従事したようです。
内容的には作業の目的ばかりではなく、これから戦争に出る若者の体力作り、精神力を養う目的もあったようです。
平成23年1月1日 夢旅あき 記   

長野県茅野市北山白樺湖
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